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Living in more than one world


 これはRosensteinという、ピーター・ドラッカーにインタビューをしたり、近しくしていた人がドラッカーの著作、人生を振り返りながら書き綴ったものです。
 ドラッカーを読んだことのある人にはそれほど新しい内容ではないかもしれませんが、3・11の後に読んでみると、中々考えさせられます。
 ここでは、会社での仕事だけではなく、トータル・ライフをデザインするという視点で人生を考えるべきであるということが書かれています。そのためにはまず、会社の仕事だけではなく社外活動における自分のコア・コンピテンシ―、強みも見つめなければなりません。そうすると会社のことばかり考えていたときよりもより広い未来が開けてくるのです。
そこでパラレル・キャリアというコンセプトが登場します。それは自分の強みを活かしながら、社会起業やボランティアなどで社会のために自分の信じる正しいことをすることです。こんなパラレル・キャリアを持つことで会社の中では発揮しにくい自分の本当の強みを発揮し、リーダーシップを開発できるのです。
そして、人に教える、ということもパラレル・キャリアには大切なことです。教えることが一番の学びであり、これが自分の生涯学習にもつながる、という訳です。

 確かにこれからの日本では、一つの会社にどれだけ頼って(しがみついて)いいかは微妙ですよね。そもそも日本という国がどうなるかも分らない。そんなときに「ウチの会社のことなら何でも知っているけれど、会社を一歩でると自分一人では何もできない」というのでは余りにリスクが高いでしょう。3・11以前でもそうでしたが、これからはもっと、自分を誰かに活かしてもらうのではなく、自分で自分の強みが活きる生き方を見つけていかなくてはならなくなるのだろうと思います。
 これからはやはり、世界の中の自立した1個人として、自分ならではの成果を出して生きて続けて行かなくてはならないのだと、この本を読んで改めて確信しました。

幸せを科学する:心理学からわかったこと


 本書は、ヴァージニア大学心理学部准教授でいらっしゃる大石さんによるもので、ポジティブ心理学上の幸福とは何か、また、経済、運、結婚、友人関係、性格など人生の中で本質的な課題と幸せとの関係が、様々な統計データをもとに解説されています。しかも、日本人として、アメリカ人など西洋人との違いについても留意しながら書いてくれているのが、翻訳書にはない付加価値です。この本1冊持っているだけでも、ポジティブ心理学で言われている幸せあるいはウェルビーイングなどの理論の背景にある重要なデータの多くがカバー出来るのではないでしょうか。
 統計データの解説が多い本書ですが、全体を通して著者の心理学データに対する敬意を感じる作品です。著者はあとがきで、この執筆を通して、哲学者や政治思想家が数千年にわたって議論してきた複雑な問題を実証可能にしたわけだから、「心理学って捨てたもんじゃない」と感じた、と書いていますが、そんな(自己啓発の教祖としてではなく)心理学者としての真摯な気持ちがよく伝わる内容です。
 データの分かりやすい紹介が魅力の本書ですので、全体をまとめるのは野暮かと思います。しかし、その中でも私が個人的に面白いなあと思った部分をいくつか挙げてみます。
 (ちなみに、本書はこの題名から連想されそうな某宗教団体とは全く関係ありません。)

○ (バスケットのフリースローの実験から)欧州系アメリカ人は「幸せ」や「楽しみ」を増すような選択をするが、アジア系アメリカ人は1つの課題をマスターするような選択をした。
○ アメリカでは、弱音を吐く友達は「お荷物」になりがちであり、弱音を吐かず、いつも元気で幸せでいる人が上手く生きている人であり友達がいのある人物なのである。そこで、できるだけ明るく、幸せにふるまわなければというプレッシャーも生まれる。日本では、逆にあまり元気すぎたり、幸せすぎたりすると友人から嫌な目に逢うことが多い。例えばおごらされるとか。
○ バスケットのスター、マジック・ジョンソンは91年にHIV感染を告白をし引退を決めたが、その後の健康管理と維持によってHIVは悪化せずコメンテーターを務めたり、映画に関わったり活躍をしている。このようにネガティブな出来ごとのウェルビーイングに及ばす影響はポジティブな出来事よりも広範囲にインパクトを及ばすが、その影響力はほとんどのケースで一時的であり、そこから立ち直って新たな活力のある人生を歩む人も多い。
○ 西洋では自己概念の中核として一貫性があり、一貫性の強い人が友人からも好かれる。一方儒教の影響の強い韓国では、相手の立場や上下関係を無視して一貫性を取る人は逆に未熟な人だと思われる。日本でもやはりこの柔軟性の方が評価されるのではないだろうか。
○ 他人との比較は幸福の毒である。(「競争心」の強い人は幸福になりにくい?)
○ パートナーとして望ましいのは現状に完全に満足しているような人。なぜなら現状に満足していない人はパートナーにも満足しないからだろうか。しかし、多くのスポーツ・ビジネス界の成功者は、絶対に現状に満足しないという態度が常にあり、そんな姿勢があったからこそ偉業を成し遂げるのであるが、彼らの私生活を見ると、必ずしも幸せな結婚生活を送ってきたとは言えない(ドナルド・トランプなど)。フロイトの言うように、愛と仕事が人間の2つの重要課題であり仕事では現状に満足せず、対人関係では現状に満足しようとする態度が望ましい。(しかしこれは難しい。)

グローバルマネジャー読本


 この「グローバルマネジャー読本」ですが、1997年に著者の船川さんが米国で出版し、98年にその翻訳が日本で出版され、2003年に日経から文庫として再出版された、という、結構年季の入った本です。
思い返せば、この本には色々影響を受けました。初めは著者がサンダーバードというビジネススクールの先輩だということと、異文化コミュニケーションというテーマに興味を持って手にしたのですが、よく読んでみるとこれはまさに自分が外資系企業の中で体験していること、苦労していることを体系的に説明している良書だということに気付きました。そしてこの本によって自分がどうして外国人と上手く仕事が進められたのか、あるいは上手く行かなかったときの要因は何か、などに対する答えも得ることができました。「アメリカ中心主義のグローバル化に対するアンチテーゼ」としても、とても刺激的な本です。
この度、もう一度読み返すことにしたのは、船川さんのGTL(グローバル・ビジネス・リーダーズ)研修に参加して船川さんのグローバル人材育成に対する深い洞察に改めて感銘を受けた、ということ、それから前から感じていた、船川さんの言う「文化」や「国民特性」というものが「強みマネジメント」と大きく関わっているのではないかと点についてもう一度考えてみたいと思ったからです。
読み返してみて思ったのは、古い本ながら少しも色あせていないということ、そして、やはり自分の「強み」を理解し他者の強みにも興味を持ち、理解し、お互いに活かす、ということはグローバル人材には欠かせないスキルではないか、という点です。グローバル・マインドを持つ上で、誰もが独自の強みを持っている、という認識はやはり必要不可欠なのではないでしょうか。その証拠に如何に挙げた本書のキラー・フレーズの中で、「文化」を「強み」、「国民特性」を「資質」あるいは「才能」と言い換えて、さらに文脈を国ごとの違いではなく個々人違いに置き換えてみると、結構そのまま「強みマネジメント」の理論になってくるのです。
これはつまり人の幸福や充実感と個人や組織のパフォーマンスとの間には普遍性があるということでしょう。だからアメリカで開発されたストレングス・ファインダーが日本でブレークしたり、ポジティブ心理学のアセスメント・ツールVIA-ISが東洋の思想なども取り入れたりしているわけです。
この分野、もっと深く研究してみようと思います。

「グローバルマネジャー読本」のキラー・フレーズ
 お互いに対する期待、思い込み、そして味方の乖離がミスコミュニケーションを生んでしまう。(自分の強みやパターンの枠から飛びさせない人も多い)
 相手の期待、思い込み、そして視点に対する冷徹な洞察は自分自身にも向けてみる必要がある。
 異なる思考の枠組みに対する気付きと理解が必要。
 アメリカ人は「対立はあって当然、コンフリクトと向かい合って話し合おう」というスタンスが多い(これは日本人の中でも「指令性」の高い人には言えることです)
 文化の本質とは
       われわれ人間のメンタル・プログラミング
       意識のソフトウェア
       マインドセット(意識、思考の枠組み)
 ステレオタイプと国民特性は違う。国民特性とは、統計的なリサーチに基づいた社会規範として認められるもの。
 ある一つの社会において全ての国民特性のバリエーションが存在する。つまりステレオタイプではない。
 国レベルの文化差は主に価値観の差で、仕事のやり方にその差異が表れる。(だから徳性や資質で表現できる)
 文化の影響に焦点を当てるのなら、顕在化していない思い込み、あるいは当たり前だと思っている無意識の部分にも注意を払わなくてはならない。
 世界で最も話されている言語
       ボディランゲージ
       ブロークンイングリッシュ
       インターネットイングリッシュ
       グローバル企業が目指すのは、ジオセントリック(地球中心主義)な組織。これはグローバルとローカルが協調されたもの。
 トランスカルチュラル・マネジメント:5つのコア・コンピタンス
       ジオセントリック・マインドセット
       戦略的フォーカス、6つのCモデル
       異文化コミュニケーション
       文化的相違を考慮したマネジメントプロセス
       シナジー(相乗効果)学習のシステム
 グローバルマネジャーは極めてオープンマインドである。国によって違うやり方があることを尊重し、イマジネーションを働かせて、なぜそのようなやり方をするのかを理解する。それと同時に、鋭い感覚をもって、文化の限界に挑む。彼らは国籍にとらわれず、能力やスキルにフォーカスする。
 自民族中心主義の下に潜むのは、われわれがおそらく本能的に持っている自己正当化欲、エゴセントリックという機能である。
 会社中心主義は、過労死、企業犯罪、コミュニティー活動の責任不在、家庭における父親の責任の問題、地球の環境問題にまで影響を与えている。
 ジオセントリック・マインドセットは真の意味でのグローバルな市民であることを求め、地球という視座を持つ。
 6つのC:従来の4つのCにのみ注意を払い、コミュニケーションや文化が盲点となる。
       Company
       Customer
       Competitor
       Community
       Communication
       Culture
 重要なのは、異なる文化、組織文化を持つマネジャーと従業員が如何にコミュニケーションを取るか
 「かなたの世界では虚偽であることが、ピレネー山脈のこなたでは真理である(パスカルのパンセ)
 シナジーを学習するシステムとは、文化の違いを超えて相互学習を促し、お互いの学習プロセスについて確認をし、フィードバックし合えるような、組織の中に組み込まれた機能・プロセスである。
 シナジーの本質は相違点、つまり知的、感情的、心理的な違いを重んじること。
文化的な多様性、相違点それ自体が戦略的なコンピテンシーのテコとなりうる。
 7つの思考の実践課題
       良い悪いの判断をせず、まずは観察
       あいまいな状況にいらいらせずに寛容になる
       スタイルシフトをおこなう
       自分の見方を相手の視点に移しかえてみる
       自分自身の質問自体を組みかえる(「どうして気がきかないんだろう」⇒「あの行動の背後には、どういうことがあると考えられるだろう」)
       お互いに自立しながら、なおかつ依存関係を深めた上で働く
       メンタルタフネスと精神的成長を保つ
 7つの実践課題は、新しい発見を楽しめる者にとっては困難かつ至福の道である。
 2つの価値観のバランスゾーンを越えてしまうと、それぞれの価値観や見方、視点が非常にネガティブなものと判断されてしまう。
 コンテクスト=目に見えないもの、触れないもの、定性的、コンテント=目に見えるもの、触れるもの、定量的
 ソフトスキルとハードスキルを完全に一体化することにより、コンテクストとコンテントの相乗効果を狙える
 従来の日本のハイ・コンテクストね経営スタイルはホワイトカラーの生産性、株主及び従業員に対する低いリターンというデメリットを生んだ。
 対立、葛藤の中では、アメリカ人はよりアメリカ人的に、フランス人はよりフランス人的になる。
 異質なものから相乗効果を生み出すハイブリット組織を作ることは、決して生易しいことではない。最初からある程度の問題は当たり前、「問題を抱えているのは自分たちだけではない」と気付くこと自体が自分たちの視点を大きく変える力となる。
 外資系企業に必要な3C
       Change
       Communication
       Context
 われわれは文化を直接変えることはできない。しかしながら、文化自体が自ら変容を遂げるそのプロセスを調整したり、スピードを速めたり、方向を与えたりすることはできる。
 日本のマネジャーは、上からの方向を見極め(時にやりすごし)、そして部下を動かすというハイ・コンテクストなコミュニケーションスタイルの担い手である。彼らは、組織のコンテクストを読みとり、それを明確なコンテントに落とし込んでいる。
 ブリッジ・パーソン育成に必要な3つ
       コミットメント
       支援体制
       エンパワーメント
       人を見抜く洞察力
 われわれが無意識に持っている前提、思い込みの中には、さまざまな偏見やステレオタイプ、先入観、そして個々の文化に対する知識そのものも含まれる。

ポジティブな人だけがうまくいく 3:1の法則


 本書の原題は「Positivity」という極めてシンプルなものですが、日本ではなぜかこんな題名になっています。ポジティブ心理学系の本の日本語タイトルは殆どどれもがそうなのですが、どうしても自己啓発的な匂いをさせていようですね。しかし、今回のタイトルは自己矛盾していると思いますね。そもそも3:1というのはポジティブ3に対してネガティブ1が適当で、3:0は良くないとフレデリクソン氏は言っているのです。つまりはネガティブも25%は必要であると。偽善や愛想笑いなどの過度のポジティブ度にも警鐘を鳴らしています。それなのに「ポジティブな人だけがうまくいく」とはどうなんでしょうね。著者本人は日本語でのタイトルについては関知していないようですが、もうちと考えた方がいいような気もします。
 私的には、ポジティビティというのはストレングス・ファインダーでも34の強み資質の一つであって、あるといいものではあるのですが、これが低くても他の資質でカバーしパフォーマンスを高めたり、幸せ度合いを高めたりすることはできると思っています。
 しかし、本書はストレングス・ファインダーのそれよりもポジティブティそのものを重視しているポジティブ心理学の考えるポジティビティについては非常によく説明がされていると思います。
内容ですが、前半はポジティビティとは何か、後半になるとどのようにポジティビティを高めるかという方法論についても紹介されています。後半の方法論についてはかなりの部分がNLPでもカバーしているような内容となります。
私が気になったキラー・フレーズはこれらです。

・ポジティビティの実用的な効果は非線形、つまり、原因と結果を結ぶ単純な矢印ではない。
・危機に臨んだときにネガティブ感情が思考を狭めることはその瞬間を生き延びるために有効だった。ポジティブ感情によってものの見方が拡張することは長期にわたって、祖先たちのリソールを形成するために役だった。
・明るい気分で興味を持ち、好奇心に突き動かされて行動しているときには、多くを学ぶことができる。
・祖先たちと同じく我々にも重要なポジティブ感情は「世話をしてくれる人への感謝」「学ぶことに本気で興味を持つこと」「仲間と楽しく遊ぶこと」「達成したときに誇らしさを感じること」「よい状態を評価する気持ち」。
・ アメリカのプロテスタント的な労働倫理としては「楽しみや遊びは罪深い。崇高な勤労によってのみ、人は値打ちを証明できる」「何かを達成しなければならない」などがあるが、これがアメリカ人の多くを「達成感中毒」にし、自然な幸福から遠ざけている。
・「労働倫理」より「遊び倫理」
・3:1という比率がティッピングポイント。ネガティビティなしの繁栄などない。
・人には非常に精密な「偽善検知探知装置」が備わっている。愛想笑いはかえって害になる。
・今の状況に意味と価値を見出す能力がポジティビティを高め、ストレスを軽減する。
・身体的快感は「心を非常に狭くし」「結果が瞬間的である」という点から、むしろネガティビティに近い。
・10のポジティブ感情
 喜び (Joy)
 感謝 (Gratitude)
 安らぎ (Serenity)
 興味 (Interest)
 希望 (Hope)
 誇り (Pride)
 愉快 (Amusement)
 鼓舞 (Inspiration)
 畏敬 (Awe)
 愛 (Love)
・過度の分析はポジティビティを失わせる。
・「感謝」と「負い目」は違う。「負い目」は不快感につながる。
・ポジティブ感情によって思考が広がると、ふつうでは考えつかないようなアイディアが生まれる。
・ポジティビティの高いマネージャーは、より正確で深い決断ができ、効果的に人間関係が作れる。
・ポジティブな人というのは単に感じが良くて、大らかな人ではない。視野が広く、多くの可能性が見える人である。
・視野の広い人は、逆境にあっても解決策を複数考えつく。
・ポジティブティによって心が温まっている人は、他人種の顔も同じ人種の顔も、同程度によく認識できる。
・ポジティブティが人種偏見をなくす。
・レジリエンスの高い人は、脅威に直面した時に、起こる前にはあまり心配せず、おこってからは立ち直りが早い。
・ポジティブ比率の高いチームの行動は常に新しくクリエイティブである。これを「カオス的アトラクタ」と呼ぶ。そこでは、複雑さと無限の柔軟性が備わっており、お互いに対する反応がよい。
・ポジティビティとネガティビティが適度な割合で組み合わさると、これら相反する力が、人を力強く現実的にし、腹の据わった状態にする。
・「嫌な奴は導師が与えてくれた試練」

悪人


 先日、出張の帰りに読む本が無く、駅のキヨスクでこの文庫本を何となく買い、一気に読んでしまいました。当ブログでは「悪貨」に続いて「悪人」とワルが続いていますが、別に意図していたわけではありません。ワルのシンクロニシティです。
さて、本作品は芥川賞作家でもある吉田修一さんのベストセラーですが、よく出来ていると思いました。同作家の「パレード」についても前にブログで紹介したと思いますが、登場人物それそれの主観が別々に描かれ、お互いの認識のつながりの稀薄さを恐く描く、という手法は本作でも効果的に使われています。
その後、用事があって銀座に行った際、丁度みゆき座で本作の映画が開始直前だったのでつい映画も観てしまいました。映画の方もなかなかです。本作品でモントリオール映画祭で主演女優賞に輝いた深津絵里さんは、健気に一生懸命生きる女を演じるのが得意な女優さんですが、ここでもそのいい味が出ていました。
ところで、本作品でもやはり「悪貨」同様、本当のワルは逮捕されたり在任になったりしない、という現実が描かれています。ネタばれするので、詳細は書きませんが、登場人物の次のセリフは作者がもっとも訴えたかったメッセージなのではないでしょうか?

「今の世の中。大切な人もおらん人間が多すぎったい。大切な人がおらん人間は、なんでもできると思い込む。自分には失うもんがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。失うものもなければ、欲しいものもない。だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ。」

もう一つ、主人公の祐一の在り方をよく伝える表現がありました。祐一は子供時代に自分を棄てた母親に成長してから会うようになり、その度にやはり金に困っている母親から金をせびっていました。そのことについて本人がこう言います。
「欲しゅうもない金、せびるの、つらかぁ。」
じゃあせびるな、と言うと、祐一はこう返します。
「でもさ、どっちも被害者にはなれんたい。」
こちらのセリフは映画には出てきませんでした。しかし、本作品全体を理解するにはとても重要なセリフです。ある意味この心情は多くの罪人にあてはまるのではないでしょうか?どっちも被害者になる訳にはいかない。自分が悪人にならなければ相手を被害者のままでいさせられない。。。
良い作品です。

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