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クリスマス・イブの夢(萩原一平)


 僕が昔通ったアリゾナのビジネススクール。僕はドイツ人のクナー先生と面談の約束があったのだが、1分遅れでオフィスの受付についた。
 5つほどある銀行みたいな受け付けはどれも人が並んでいて、僕は1人しか並んでいない列に並んだ。自分の番が来て、クナー先生との面談だと伝えると「ここはブレックファーストとランチの予約の列ですよ」と言われる。別の列に並び直して同じことを言うと「ここもブレックファーストとランチの列」だと言われる。「じゃあ、どこに並べばいいんだ?」と聞くと、「今日はブレックファーストとランチの予約しか受け付けていない」とのこと。
 もう約束の時間から30分も過ぎている。しかし、僕はどうしてもレポートのことで伝えなければならないことがあるのだ。周りを見回すとブレックファーストとランチを我先にと予約している人で一杯だ。
 やりきれなくなった僕はもう一度時計に目をやり、叫んだ。
「フア~ック!」
 するとスターウォーズのR2-D2みたいなロボットがどこからともなく近づいてきた。そして人工的な音声で僕に言った。
「あなたは今自分が何を言ったか分かっていますか?」
「ああ、分かっているよ。悪い言葉だ。でも、しかたがないだろ、この状況だぜ。クナー先生に会えないんだよ」
「事情は分かりませんが、あなたは規則に反しました。残念ながら退学です」
 僕は事の重大さに気付きはしたが、何も出来ないと分かっていたので言い返さなかった。すると横で見ていた小太りの白人の女の子が近づいてきた。
「私横にいてこの人が叫んだのを聞いていたけれど、少しも不愉快な思いはしなかったわよ。腹が立つ気持ちも分かるし。勘弁してあげたらXXXX」
 そのロボットのことを何とかと呼んでいたが、僕にはそれが聞き取れなかった。
「不愉快でなかったのはよかったけれど、規則は規則です。退学してもらいます」
 女の子はやれやれ、といった感じで肩をつぼめ、去って行った。
 ロボットは相変わらず無機質な音声で言った。
「就学辞退の申請書をすぐにプリントアウト出来ますが、要りますか?」
 僕はもらっとこうかな、とも考えたがやっぱり止めた。
「要らないよ。どうせ学校から退学の通知が来るんだろ。こっちが辞めたいわけじゃないんだからそれを待つよ」
 ロボットは「了解しました」と言いながら私の正面でシャッター音をさせ、そのまま静かに去って行った。

こんな夢をみた


 2012年夏、世界中でまともな活動をしているアーティスト達が仙台に集結する。ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、エミネム、パール・ジャム、ホワイト・ストライプス、オノ・ヨーコも来る。といってもいわゆるサマー・フェスティバルではない。全てが単独公演として、東京・大阪をスル―し、仙台だけでの単独公演だ。ボブ・ディランは仙台以外の小都市も回る。福島では5回の小規模ライブを行う。
 僕は東京の仕事で長期休暇を取り、1年分の小遣いを使って夏の間仙台に滞在し、毎晩ライブに通う。
 どのライブも半端ではない。アーティストも商売としてではなく、自分のアーティストとしてのキャリアをかけて演奏をしている。観客はみな泣き、踊り狂っている。僕は60年代のライブはこうだったのだろうな、と考えながら観衆の身体の動き、心の動きに身をまかせる。こんな気分は今まで感じたことはない。初めて東京でミック・ジャガーを観た時もこうはならなかった。
 観衆の半分以上は「地方」からの客だ。そう、東京はここでは地方なのだ。東北は今や世界の最も輝いているアーティスト達の集まる場所となり、時代遅れのビジネスやままごとのような政治の中心である東京に代わり、仙台こそが今の日本の誇りとなっている。
 原発事故はまだ完全には終結していない。事故現場の周辺は永久に立ち入り禁止地域となり、いまだに少しずつ放射能を放っているが、事故発生当時の政府のまやかしとは違い、本当に「もう人体には影響がない」ようだ。30キロ離れたところにモニュメントが建てられ、世界中から来た観光客が記念写真を撮っている。
いまだに原発を日本の基幹産業にしようとする者もいるが、もはや民衆はそれを許しはしない。節電は当たり前となり、成長時期を終えた日本経済と、今日本が世界に誇る省エネ・テクノロジーが原発を不要なものとしつつある。
 そこには新しい日本がある。そしてそれは閉鎖したものではなく、世界に新しい世界の姿を提言しているのだ。

ストーンズ・イン・エグザイル~「メイン・ストリートのならずもの」の真実


 チリの鉱山落盤事故の33人の全員救出、素晴らしいですね。2カ月もの間、助かるかどうか分からない中みんなで協力して生き延びたということは、まさに前向きなラテン系気質の賜物と簡単に片づけるのは失礼かもしれません。しかし、日本人ではこうは行かなかったかも知れない。誰かが統率はしたかもしれないがノイローゼになる人、暴れる人などが現れるのではないでしょうか。
 いずれにしても、これは本当に偉業と呼べるようなことだと思うのですが、これに対する世界の反応はとても商業主義で笑ってしまいますね。「33人」という映画の製作がすぐに決まったそうで。しかも「チームメンバーすべてがリーダーだった」なんて発言もあったものだから、間違いなく組織開発とかリーダーシップ開発の業者さん達がこれを引用していろんなビジネスを考えるんでしょうね。「ドラッカーが落盤事故にあったら・・」なんて本もいいかもしれない。
 さて、チームという点では、私はむしろ「メイン・ストリートのならず者」のローリング・ストーンズに注目します。このアルバム、確か72年の作品で、イギリスの高い税金から逃れようとフランス南部に移住したストーンズのメンバーらがキース・リチャ―ズの家の地下室でセッションを続けて録音されたもので、発売当時は2枚組の中の曲調が散漫だと酷評されたものの、今ではストーンズの最高傑作と呼ばれているのです。実際、とてもブルースっぽくて、バンドが演奏を楽しんでいる、という感じで私も大好きです。
 このセッションはミック・ジャガーではなく、主にキースがリードしていたようです。ミックは新婚で忙しかったということもあるのですが、キースが昼起きると仲間を集めて気の向くままに演奏を朝まで続ける、という日々が続き、9カ月で9曲という極めて効率の悪いセッションとなりました。しかし、その内容はその前後のストーンスでは出来なかったような素晴らしいものでした。
 この傑作を生んだ背景には、麻薬問題などで世間から厳しい目でみられ、さらには税金問題で母国を離れて、ある意味もうこだわりはない、という心境の中でミュージシャン達が自分たちの赴くままに演奏をしたということが大きいでしょう。ミックが仕切って、ヒット曲を何曲か入れて、アルバム全体の構成はこうして、という製作方法でも素晴らしい作品は生まれるのですが、「メイン・ストリート」はまったく別物です。
 これは今コーチング業界で注目されているキース・リチャ―ズのこだわらないポジティブさによるところが多いのではないでしょか。キースはメンバーの中で唯一、一度レコーディングした曲を何度も聞く人だったようです。ミックはもう次のことを考えているので録音してしまった曲には興味がない。キースは本当に音楽が好きで、バンドマンなのでしょうね。当時ヤク中ではあったものの。
 そんなキースが南仏のリラックスしたムードの中で主導したセッションなのだから、それぞれのミュージシャンが水を得た魚のように演奏して、今の管理化された音楽業界では生み出せないような作品が出来上がったのです。
 チリの33人もすごいけど、キースが導いたチーム・ジーニアスも歴史的な事件ではないかと私は思うのです。今度キースによる自伝が出版されました。日本語訳はまだのようですが、ポジティブ感情がネガティブな感情・行動と共存しながら高い成果を上げるという人生の一つのモデルとして読む必要があると思います。

悪人


 先日、出張の帰りに読む本が無く、駅のキヨスクでこの文庫本を何となく買い、一気に読んでしまいました。当ブログでは「悪貨」に続いて「悪人」とワルが続いていますが、別に意図していたわけではありません。ワルのシンクロニシティです。
さて、本作品は芥川賞作家でもある吉田修一さんのベストセラーですが、よく出来ていると思いました。同作家の「パレード」についても前にブログで紹介したと思いますが、登場人物それそれの主観が別々に描かれ、お互いの認識のつながりの稀薄さを恐く描く、という手法は本作でも効果的に使われています。
その後、用事があって銀座に行った際、丁度みゆき座で本作の映画が開始直前だったのでつい映画も観てしまいました。映画の方もなかなかです。本作品でモントリオール映画祭で主演女優賞に輝いた深津絵里さんは、健気に一生懸命生きる女を演じるのが得意な女優さんですが、ここでもそのいい味が出ていました。
ところで、本作品でもやはり「悪貨」同様、本当のワルは逮捕されたり在任になったりしない、という現実が描かれています。ネタばれするので、詳細は書きませんが、登場人物の次のセリフは作者がもっとも訴えたかったメッセージなのではないでしょうか?

「今の世の中。大切な人もおらん人間が多すぎったい。大切な人がおらん人間は、なんでもできると思い込む。自分には失うもんがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。失うものもなければ、欲しいものもない。だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ。」

もう一つ、主人公の祐一の在り方をよく伝える表現がありました。祐一は子供時代に自分を棄てた母親に成長してから会うようになり、その度にやはり金に困っている母親から金をせびっていました。そのことについて本人がこう言います。
「欲しゅうもない金、せびるの、つらかぁ。」
じゃあせびるな、と言うと、祐一はこう返します。
「でもさ、どっちも被害者にはなれんたい。」
こちらのセリフは映画には出てきませんでした。しかし、本作品全体を理解するにはとても重要なセリフです。ある意味この心情は多くの罪人にあてはまるのではないでしょうか?どっちも被害者になる訳にはいかない。自分が悪人にならなければ相手を被害者のままでいさせられない。。。
良い作品です。

悪貨


私がこの20年来注目し続けている作家、島田雅彦さんの最新作は偽札をテーマにした、経済エンターテイメントらしきものです。
 青二才作家の異名を持った島田氏の作品は常にひねくれた視点をもっており、そこが私は好きで、また、一般的にはメジャーになれない要因となっているのですが、エンターテインメント小説でもそのテイストは健在です。
ある日ホームレスの男が100万円を拾う。そしてその「悪い金」が世間を狂わせ、多くの人の人生、そして国家までも堕落させていく。そんな話なのですが、中でも私は下のくだりが好きです。

「悪の本元を裏切ろうとした贋金ブローカーと悪の本元と手を組もうとする政府要人、どちらが真の売国奴か、答えは言うまでもない。だが、現実には、より悪辣な売国奴が、詰めの甘い売国奴を罰することで片が付けられようとしている。」

 なんだかこれを読んでホリエモンのことを思い出しました。私は決してホリエモンのファンではないのですが、彼の逮捕劇を見て、間違いなく本当のワルは他にいて、そいつは絶対に逮捕なんてされることはないんだなあ、と思ったものです。どう見たってホリエモンよりもフジテレビ社長の方がワルでしょう。ホリエモンなんて若造でウブだから逮捕されちゃってるだけで、本物のワルはあまりに悪すぎて、多くの人には善人のように映るのですよね。
 そんなことを考えさせる、面白い小説です。
 自己啓発もいいけど、たまにはこういう作品を読むのも頭の刺激になっていいのではないでしょうか?

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