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2011-04

チクセントミハイ博士からのメッセージ


「新生日本を歓迎する」

(一般社団法人日本ポジティブ心理学協会に、フロー理論のチクセントミハイ博士より、震災後の日本に対するメッセージが届きました。解説は無用でしょう。皆さんそれぞれの感覚で受け止めて頂ければ、と思います。)

先月の日本の凄惨な光景を映像で見ながら、全世界は、日本の人々の我慢強い不屈の精神、そして規律ある集団性を再び思い起こすことになりました。一世代以上も前に、日本は、人間が作り出した悲劇が生んだ灰塵のなかから立ち上がり、地球上でもっとも尊敬され、生産的な国家の一つとなりました。日本人の知性と勤勉性をもってすれば、日本がすぐに過去の栄光を取り戻すことを疑っている人はいません。

問題は、地震と津波の灰塵から現れる新生日本が、古い日本の改良版なのか、それとも新しい存在なのか、ということです。地震の前に古い日本は十分に成功していたのですが、未来の日本はもっと良くなる可能性があります。この悲劇的な出来事を通して、日本の人々が自分たちの古くからの強みを再発見して、それを現在の世界に応用する気持ちを呼び起こすのであれば、今回の出来事は全くの無駄とはならないでしょう。

日本は、有能なエンジニアや、勇敢な武士や、効率的な組織のみならず、偉大な芸術家や詩人、思想家を輩出しています。おそらく他のどの文化も、日常生活をそのような高いレベルでの静謐さと美しさのあるものにすることはできません。世界の他の国々と同じように、日本でも最近、こうした特質が、先端技術と無茶な自然開発の上に成り立つ安全性や快適さ、そして動力といった、心もとない約束によって覆い隠されてしまっている状況です。日本が元来持つ強みに立ち返るといったことが、新しく生まれいずる日本で実現してくれるのでしょうか。

まさにそうなってくれるのであれば、日本は、産業界におけるリーダーとしてのポジションを取り戻すためにこの惨状から立ち上がることに加えて、(これはもっと大切なことですが)世界が最も必要としていること―グローバルな仲間意識によって、平和を愛し、人々を幸せにし、人類の発展と自然保護に責任を持つこと―を達成するために、他の国々をリードする一助ともなる可能性があります。私はそういう道のりが実現してほしいと願っています―それでこそ、地震の被害者の方々の死が無駄になることはないのですから。

ミハイ・チクセントミハイ博士
クレアモント大学院大学教授
2011年3月26日付
(日本語訳:JPPA)

一般社団法人日本ポジティブ心理学協会(JPPA)のホームページ
http://www.jppanetwork.org/index.html

Living in more than one world


 これはRosensteinという、ピーター・ドラッカーにインタビューをしたり、近しくしていた人がドラッカーの著作、人生を振り返りながら書き綴ったものです。
 ドラッカーを読んだことのある人にはそれほど新しい内容ではないかもしれませんが、3・11の後に読んでみると、中々考えさせられます。
 ここでは、会社での仕事だけではなく、トータル・ライフをデザインするという視点で人生を考えるべきであるということが書かれています。そのためにはまず、会社の仕事だけではなく社外活動における自分のコア・コンピテンシ―、強みも見つめなければなりません。そうすると会社のことばかり考えていたときよりもより広い未来が開けてくるのです。
そこでパラレル・キャリアというコンセプトが登場します。それは自分の強みを活かしながら、社会起業やボランティアなどで社会のために自分の信じる正しいことをすることです。こんなパラレル・キャリアを持つことで会社の中では発揮しにくい自分の本当の強みを発揮し、リーダーシップを開発できるのです。
そして、人に教える、ということもパラレル・キャリアには大切なことです。教えることが一番の学びであり、これが自分の生涯学習にもつながる、という訳です。

 確かにこれからの日本では、一つの会社にどれだけ頼って(しがみついて)いいかは微妙ですよね。そもそも日本という国がどうなるかも分らない。そんなときに「ウチの会社のことなら何でも知っているけれど、会社を一歩でると自分一人では何もできない」というのでは余りにリスクが高いでしょう。3・11以前でもそうでしたが、これからはもっと、自分を誰かに活かしてもらうのではなく、自分で自分の強みが活きる生き方を見つけていかなくてはならなくなるのだろうと思います。
 これからはやはり、世界の中の自立した1個人として、自分ならではの成果を出して生きて続けて行かなくてはならないのだと、この本を読んで改めて確信しました。

こんな夢をみた


 2012年夏、世界中でまともな活動をしているアーティスト達が仙台に集結する。ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ザ・フー、エミネム、パール・ジャム、ホワイト・ストライプス、オノ・ヨーコも来る。といってもいわゆるサマー・フェスティバルではない。全てが単独公演として、東京・大阪をスル―し、仙台だけでの単独公演だ。ボブ・ディランは仙台以外の小都市も回る。福島では5回の小規模ライブを行う。
 僕は東京の仕事で長期休暇を取り、1年分の小遣いを使って夏の間仙台に滞在し、毎晩ライブに通う。
 どのライブも半端ではない。アーティストも商売としてではなく、自分のアーティストとしてのキャリアをかけて演奏をしている。観客はみな泣き、踊り狂っている。僕は60年代のライブはこうだったのだろうな、と考えながら観衆の身体の動き、心の動きに身をまかせる。こんな気分は今まで感じたことはない。初めて東京でミック・ジャガーを観た時もこうはならなかった。
 観衆の半分以上は「地方」からの客だ。そう、東京はここでは地方なのだ。東北は今や世界の最も輝いているアーティスト達の集まる場所となり、時代遅れのビジネスやままごとのような政治の中心である東京に代わり、仙台こそが今の日本の誇りとなっている。
 原発事故はまだ完全には終結していない。事故現場の周辺は永久に立ち入り禁止地域となり、いまだに少しずつ放射能を放っているが、事故発生当時の政府のまやかしとは違い、本当に「もう人体には影響がない」ようだ。30キロ離れたところにモニュメントが建てられ、世界中から来た観光客が記念写真を撮っている。
いまだに原発を日本の基幹産業にしようとする者もいるが、もはや民衆はそれを許しはしない。節電は当たり前となり、成長時期を終えた日本経済と、今日本が世界に誇る省エネ・テクノロジーが原発を不要なものとしつつある。
 そこには新しい日本がある。そしてそれは閉鎖したものではなく、世界に新しい世界の姿を提言しているのだ。

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