Home > アーカイブ > 2010-08

2010-08

凡才の集団は孤高の天才に勝る


 なかなか面白い本でした。もともと即興演劇やジャズの即興演奏の研究から始まった理論のようですが、確かに企業にも応用できそうですね。
 本書内には面白いエピソードも一杯です。例えば、 

「指輪物語」「ナルニア物語」は作者であるトルーキンとルイスが参加するインクリングスというチームによる作品。そこではルイスの書いた数編の詩にトルーキンが妖精や魔法使いの物語を加え、さらにメンバーもそれぞでのアイディアで参加し神話を完成させた。
T・S・エリオットの「荒地」は友人の詩人と妻の大幅な手直しによって成り立っている。
画家のモネは、シスレー、ルノワール、セザンヌ、ドガ、ピサロなど、印象派グループのメンバーとお互いのエを眺め合い、議論を交わしながら自分の作品を完成させた。
詩人のアポリネールと画家のピカソは同じグループに属していて、絵画と詩という違った形態であったが、同じ心象風景を共有していた。

まだまだ、色々な興味深いエピソードが書いてあります。
ただ、本書も邦訳タイトルがイマイチですね。「グループとしての天才」というのが直訳で、別に「凡才」というのはテーマではないと思います。天才的なアイディアが生まれる背景にはその周りの人たちとの関係性や助け合いがとても重要だということで、ピカソは実は凡才だった、などと言うことではないし、ピカソより無名画家集団が勝るということでもないでしょう。まあ、「凡才」という言葉で読者を惹きつけたかったのでしょうが。
しかし、本書には色々と納得させられるコメントが多いです。以下にその主なものを紹介します。

あいまいな会話あるいは多義的な言葉使いが閃きをもたらす、創造的な会話となることがある。
最もイノベーティブなアイディアは、現場の自発的な発想から生まれる。
グループ・フローの状態に入れば、活動は無意識的に行われ、そのグループは、何をするかを考える前に行動を起こしている。即興的なイノベーションを育むためには、グループ・フローの状態を創りだす必要があり、その為には10の条件がある。
1) 適切な目標
2) 深い傾聴
3) 完全な集中
4) 自主性
5) エゴの融合(トーキング・ヘッズのディビッド・バーン「自分を何かに組み込ませるように、ミュージシャンのコミュニティの一部になるんだ。」
6) 全員が同等
7) 適度な親密さ
8) 不断のコミュニケーション
9) 先へ先へと進める
10) 失敗のリスクがある

グループがフローに入るには、メンバーが「暗黙知」を共有し、互いに同等レベルの技能を持ち合わせることが必要だが、メンバーが親しくなりすぎると相互の影響がさほど刺激的なものではなくなり、フローが消える。さらに、メンバーが似通い過ぎて集団思考に陥ることをさせるには、チームに多様性を持ち込み、適度の衝突を持ち込む必要がある。

グループ・フローの追加ルール:
1) 足し算で達成できる仕事にグループを使ってはならない。個別で行い、それを積み上げることのできる仕事には、グループは適さない。グループは、複雑で即興的な仕事に適している。
2) グループのメンバー数は、必要最小限にとどめる。これは「社会的怠惰」を防ぎ、生産性の阻害要因を減らすことになる。
3) 熟練の進行役を起用すること。ブレインストーミングが最大の効果を発揮するような形式の研究に通じていて、生産性の阻害や「社会的抑制」を起こす要因をグループに入り込ませない方法を心得ていることが望ましい。
4) 複雑かつ予想外のイノベーションは、創造性の高いグループから生まれるのが通例であるから、グループを対象とした報奨制度を導入すること。
5) 仕事中もたびたび小休止を入れることを許し、グループ単位の仕事と個人の仕事を定期的に入れかえること。
6) 多様性に富んだグループほど、多くのイノベーションを生み出す。このため、補完的な技能をもった人材でグループを構成すること。
7) 対人的な原因で不安に陥る「対人不安」の要素が低く、グループ内の相互反応を楽しむようなタイプのメンバーは、よい成績を収めることができる。このことを念頭に置いておくこと。

閃きがおこる5つの基本プロセス
1) 準備:研究・話し合いなど
2) 中断:他のメンバーとの会話・別の活動
3) 閃き:他のメンバーの閃きの上に築かれる
4) 選択:最善のアイディアを選択
5) 練磨:多くのアイディアを追加しまとめあげる

コラボレーションを促進する組織への10の秘訣
1) 常に手を広げよ
2) 「サプライズ部門」を創れ
3) 創造的な会話が交わせるスペースを設けよ
4) アイディアを思いつく時間的ゆとりを設けよ
5) 即興がもつリスクを乗り越えよ
6) 混乱に陥る手前ぎりぎりの即興を試せ
7) 知識を活用してイノベーションを起こせ
8) 緊密なネットワークを築け
9) 組織図を捨てよ
10) 最適なイノベーションがどうか、見極めよ

 私は本書を読んでなぜかローリング・ストーンズの「メインストリートのならず者」を思い出しました。あれこそグループ・フローの産物なのだな、と。これについてはまたいつか書きたいと思います。

コー・マウンテンハウスの後


前回のブログで紹介した、スイスのコーで行われたセッションでは、世界レベルの視座、社会的良心、CSR、平和などについて学んだのですが、そのセッションの後、私は1日だけ休みを取り、国境の向こうにあるフランスのシャモニーに向かい、モンブランの山に上ってきました。(これはセッションのメンバーにも宛てたメールに手を加えたものです)

 天候は今一つでしたが、朝から有名なMIDI登山ロープウエイの列に並ぶことにしました。あのロープウェイは半端ではありません。シャモニーが標高1035mなのですが。そこからまず2317m地点に、そして乗り換えてさらに凄いスピードで3842m地点にまであがるのです。

私は夏用のポロシャツにスウェットといういでたちで、完全重装備をしている他の客から「そんなんで大丈夫か?」「さすが日本人は凄いな」などと訳の分からない称賛を受け、それに気を良くした私は「大和魂を持ってすれば何でも乗り越えられる」と信じ、そのままの姿で3842mの展望台に登りました。

しかし、低い気圧と氷点下の寒さの中、すぐに息も絶え絶えとなり、何とか1枚自分の写真を撮ってもらったものの、すぐに苦しくなりカフェのようなところに引っ込みました。ここが富士山と違うのですが、中には素晴らしいお土産ショップがあり、思わずあったかそうなフリースを買ってしまいました。ちょっと高かったけれど命には変えられません。

そこでまた自信を取り戻した私はこのままさらに乗りついでイタリアまで行こうかとも思いましたが、やはりまだ服装が充分ではないと感じ、辺りをうろうろしてから、2317m地点まで戻りました。

あの極寒の地から比べればそこは天国のようなもので、私は調子付いてそこからシャモニーまでロープウェイを使わずに歩いて下山することにしました。

もう雪はないし、大した距離でもないのですが、ここで足を挫いたり、転んだついでにギックリ腰なんかになっても人通りの少ないこの山道、誰も助けてくれないだろうと、絶対に躓いたり転んだりしないように慎重に歩きました。

軽い高山病のせいかまだ足はフラフラするし、私は5m先と足元をしっかり見て、木の根っこや岩に気を付けながら、かなり慎重かつ戦略的に歩きました。ある程度の速度を保ちながらバランスを崩さずに歩くのにはかなりの集中力と戦略が必要なこともここで気付きました。

しかし、あまり足元に集中していると、うっかり「シャモニーはこっちだよ」という標札を見落としてしますのです。一度はうっかりモンタンベール方面に向かってしまい、あわてて引き返しました。そしてふと目を上げると景色がどんどん変わっているのことにも気付きました。それもそうです、3時間近く歩いていると買ったフリースが必要な気温から、Tシャツ1枚でいい気温まで変わるのですから。景色も変わりますよね。

そこでさらに気付いたのです。これは私の人生のようなものだ、と。確かに私にも良心があるし、まあまあのヴィジョンも持っている。しかし、毎日忙しく、戦略的に活動していると、ついその方向性を忘れてしまうのです。そして、その結果とんでもない方向に向かってしまうかもしれない。方向を見失うだけでなく、せっかくそこにある素晴らしい景色すら見落としてしまうのです。

私はコーで学んだ一番重要なこととして色紙に「良心との一貫性」と書いたのですが、あれはこういうことだったのかな、と改めて思いました。頻繁に目を上げないとせっかくの大切な方向性を見失って、素晴らしい景色も楽しめなくなってしまうよ、と。

本当に時々上(本来の自分のビジョン)を見上げることさえ忘れなければ、自分と社会との関係はもっと良くなると思います。自分なりの規模にはなるでしょうが、何らかの形で世界にポジティブな貢献もできるのではないかとも思いました。

 こんな事を考えたのもアルプスという特別な場ならではのこと。セッションの内容プラスαの学び・気づきがあったような気がします。

コー・マウンテンハウス


 実は7月の最後の週はスイスのコーという処にあるコー・マウンテンハウスにて4日間のセッションを受けていました。これは船川淳史さんの主催するグローバル・チームリーダー育成プログラムの一環で、金儲けに走りがちなビジネスパーソンに世界に目を向けさせ、持続可能な世界を築くために自分たちに何が出来るかをじっくり考える為の機会だと私は理解しています。確かに本当のグローバル・リーダーとなり、その人格が多国籍の多くの人々に受け入れられるためにはこのような視野は必要条件であるとも言えるでしょう。この船川さんのセッションは「アエラ・イングリッシュ」の今月号に取り上げられて、私のでかい頭が写真に写っています。

コーは、ジュネーブから電車と登山電車で2時間足らずのところにあります。シオン城やジャズフェスティバルで有名なレマン湖畔のモントルー(Montreux)から登山電車で約1,000メートル登った山の中腹にあるこの村は周囲をアルプスの山々で囲まれ、眼下に見えるレマン湖は本当に心を洗われるような美しさです。
コー・マウンテンハウスはもともと1902年にお金持ちだけが泊まれる豪華ホテル「コー・パレス・ホテル」として建設されました。しかし、第二次世界大戦中にイタリア人やユダヤ人等の戦争避難民の収容施設として使われ、「分裂してしまったヨーロッパの融和と世界平和のために、世界中の人々が集える場所としてこのマウンテンハウスを活かせないだろうか」というビジョンのもと、多くの人のボランティア精神によって1946年以降、アメリカ人のフランク・ブックマン博士に提供され、過去の傷を癒し。世界平和のための国際会議場として使われるようになりました。戦後まずフランスとドイヅとの和解に始まり、現在に至まで各紛争地域同士との多くの謝罪と和解が行われてきており、毎年7月と8月の2ヶ月間国際会議が開催され、政治、ビジネス、宗教、芸術等多様なテーマで国際的対話が持たれているのです。
 短い期間でしたが、左脳的なビジネス・スキルではなく、相いれない立場同士のコンフリクトをどのように解決するか、個人としての価値と社会的意義、個人の安全保障、日本出身のグローバル・リーダーとしてどのように自論を編集するべきか、西洋と東洋の違い、資本主義とモラル、利益と徳など、普通のビジネス・セッションではとてもアジェンダにあがらない多くの事を学び、考えさせられました。
 セッションの内容も良かったのですが。実は、ランチやディナーの席で出会った多国籍の人たちとの会話はそれ以上に私の視野を広げるものでした。イラクで家族を殺されここに流れついた人、両親が第二次大戦後にここで戦争難民として出会い結婚をし、その親の想いを忘れないように毎年ここを訪れている人、などなど平和ボケしている我々には少ない、深い人生を歩んでいる人も少なくありませんでした。
 また、ここはボランティアで成り立っている施設なので、参加者全てにボランティアが期待されます。私も朝食のテーブル設置とコーヒーの配膳を担当しました。慣れていない仕事なのですが、「もっとナミナミ入れろ」とか「コーヒーマンは正面からではなく右側に回れ」とか、結構皆さんには厳しく言われました。重たいポットを持ったままで両手が震えながらだったので、一瞬ムッとしたりもしたのですが、しかししっかり仕事をすると最後は誰もが気持ちのいい笑顔で「サンキュー」とか「メルシー」と言ってくれて、こっちも幸せな気分になるものです。コンサルタントなどをやっているとついつい忘れがちな労働の基本に立ち戻ることができました。
 日本からも中曽根首相とか羽田首相が訪問しているらしいのですが、羽田首相については面白い話がありました。当時、ここを訪れていた日本人がコーヒーの配膳をしている同胞に対して、「こっちにも入れて、たっぷりね」と言ったところ、そのコーヒーマンはどこかで見たことがあるな、と思いきやそれは羽田首相だった、という話しです。これをセッションの中でチームを組んだインドネシアの若い女性に話したところ、「鳥肌が立った」と言いながら涙ぐんでいました。インドネシアでは絶対にあり得ないとのこと。羽田さんが政治家として何をしたかは全く思い出せませんが、この逸話が本当だとしたら、私の中ではこれだけで彼の株が上がりました。これは日本の良さを語る良いメタファーだと思います。
 こんな感じで、コーでの4日間はとても有意義なものだったのですが、また東京の雑踏に戻ればこの感覚は忘れてしまうかも知れません。そこで、コーで考えたこと、気付いたことをアンカーリングして、時々は思いだすようにしたいと思います。どのようにアンカーリングしたか、それは秘密です。

Home > アーカイブ > 2010-08

Return to page top