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2010-07

世界でいちばん会社が嫌いな日本人


 このタイトルを見て、まずピンときましたね。これはきっとあのデータを使っているのではないか、と。そして中身を読んでみると、やっぱりアレでした。
 アレというのは、ギャラップ社が以前発表した各国の従業員のエンゲージメント度合いを比較したデータです。日本が圧倒的に低いんですよね。本書ではエンゲージメントという言葉を説明するのは趣旨ではなかったこともあり、「熱意レベル」と訳されていますが。
 しかし、これはあくまで本書の掴みで、この後、実際にどのように職場を活性化していくか、という内容が展開されています。ギャラップ社データ以外にも会社の社風、職場環境と「やる気」との相関など、使えるデータが載っています。
本書の中で重要だと思った点を以下に紹介します。

ILO(国際労働機関)の目標とする「働きがいのある人間らしい仕事」
1)働く機会があり、持続可能な生計に足る収入が得られること
2)労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認められること
3)家庭生活と職業生活が両立でき、安全な職場環境や雇用保険、医療・年金制度などのセーフティネットが確保され、自己の鍛練もできること
4)公正な扱い、男女平等な扱いを受けること

部下と職場をダメにする管理者の10の特徴(6つしかなかった、、)
1)失敗は部下のせい、成功は自分のもの:誰かを悪者にすれば、自分の身を守れる
2)「見える化」が大好き:数字しか口にしない
3)何でもメールで伝えてくる:自分の言葉を持たないので説得力がない
4)部下を「ちゃん」づけで呼ぶ:本人はそう呼ばれたくない
5)届きそうもない目標を押しつける:高すぎる目標はストレッチではなくストレス
6)無用な管理をする:余計な精神的ストレスを増大させる

「課長いる?」「いりません」

経営レベルの6つの生活習慣病
1)「禁止事項」が多い
2)現場の生の声を知らない
3)経営者だけが特別ルール
4)悪い情報が隠される
5)何でもかんでも革新しようとする:自社の強みを忘れるべきではない
6)前年対比ばかりでビジョンがない

職場が生き生きする10の条件
1) 対話のある職場
2) 誠実な職場:倫理観、顧客主義
3) 任せる職場
4) 成長できる職場
5) 認める職場
6) 配慮のある職場(ワークライフバランスのとれる職場)
7) 公平な職場
8) 仕事の意義が見出せる職場
9) 息抜きや楽しみのある職場
10) 将来の方向性の見える職場

ポジティブ病の国、アメリカ


 「ニッケル・アンド・ダイムド」でアメリカの下流社会の現実を描く、というタブー破りをした著者の最新刊はなんと今度はポジティブ・シンキングのタブーに挑戦したものです。
 とても魅力的なタイトルです。これで、何でもかんでも楽観的にニコニコしていれば幸せになれるし、そうしない人は間違っていると考えている、いわゆる「ポジティブ・シンカー」を一刀両断にしてくれるかと期待したところ、まあまあ結構やってくれています。例えば、こんなことが書かれています。

・なぜポジティブ・シンキングが必要かというと、抑圧しなければならないネガティブな思考があるからで、恐ろしい程の不安がその原動力となっている。
・ポジティブ・シンキングは独立戦争や平和のために戦うような実存的勇気とは大きく異なる。
・楽観主義やポジティブ・シンキングが訓練によって習得できるのならば、失敗したときに言い訳できない。容赦なく個人の責任を強調されるということだ。

 確かにその通りと思いますが、これは何にも考えないで楽観的であればただいいのだ、というポジティブ・シンキングのことであり、実際にはもっと行動が伴ったものや、ネガティブとのバランスを考慮したものもあると思います。少なくとも私の考えるポジティブ心理学は行動とネガ・ポジのバランスを重視したものです。
 しかし、この著者はそのポジティブ心理学にも噛みついています。主にセリグマン博士が楽観主義を万能のように語っていることと、彼の研究結果が統計の意味も分からない、ポジティブ・シンキングで儲けている連中のマーケティングの科学的証拠のように使われていることが気に入らないようです。
それは私も全く同感です。メラビアンの法則を誤解したまま、コミュニケーションにおいて言語そのものの影響力は7パーセントしかない、なんて本に書いている人がたくさんいるように、セリグマン博士の研究をチラ見して、それをポジティブ・シンキングが誰をも幸せにする証明のように扱っている輩もいるのでしょう。あきれますが。
しかし、ポジティブ心理学はセリグマン博士一人のものではありません。ピーターソン博士はネガティブとのバランスを重視しているようですし、ドナルド・クリフトンも楽観性そのものは才能の一つと考え、そこから行動を通して生まれる卓越性に焦点を置いていました。
ですから、ポジティブ心理学についての指摘はある意味とても鋭いと思うのですが、若干各論になっているような気がします。
しかし「ポジティブ心理学の真に保守的なところは、現実に固執し、目の前にある不平等も、権力の乱用を見過ごしにする点である。」というのはとてもシビれる文章ですね。確かに「ポジティブ」を標榜している人達は社会にある不正や邪悪なもの、暗いものに目を向けたがらない、という傾向はあるような気がします。彼らは、世の中に貧乏な人がたくさんいて、貧富の格差はさらに広がっている、という点には目を瞑り、幸せにお金儲けをしましょう、とポジティブな面にだけ目を向けたりしている。また、先日北朝鮮に一人で旅行してきて、あちらの人民の「普通さ」を痛感して帰ってきた凄い人がいたのですが、その人の話がいかに称賛に値するかを話すと、嫌な顔をする人が多かったのです。それは興味がないというよりも「北朝鮮」という、自分のネガティブ感情を揺さぶるような話題に目を向けたくないように思えました。すぐ近所に実際にある現実の国なのに。
しかし、これらの批判は、「行動を重視するポジティブ心理学」にはあまり当てはまらないような気がします。薄っぺらいポジティブ・シンキングの批判としては素晴らしいと思いますが。「行動を重視するポジティブ心理学」ではそこにある現実を注視し、行われるべき行動を積極的に実行するものだと思うのです。それが北朝鮮に関わることでも、貧しい人、不幸な人に関わることでも、あるいは自分の「悲しみ」を湧き起こすものだとしても。そもそも、単純な「ポジティブ・シンキング」だったら、私も個人的には何の興味も持たなかったでしょう。
それから、本書ではポジティブ・シンキングをキリスト教、カルヴァン主義などと関連付けているのですが、これについては私が詳しくないからかもしれませんが、余りピンときませんでした。その他、ポジティブ・シンキングが政治やマーケティングに利用されている点についても面白い記述がたくさんあります。
全体的に面白い本なのですが、何か抜けている感が拭えません。しかし、ポジティブ・シンキングを人に薦めたり教えたりしている人にとっては一読しておく必要があると思います。鋭い人はこのような反論をしてくるかもしれません。もっとも、著者が噛みついているような薄っぺらいポジティブ・シンカーは「反論」といネガティブなものにはどのみち目を向けないのかもしれませんが。

不確かなメロディー


 この映画は、忌野清志郎率いるラフィータフィーが武道館を満員にした後に全国の小さなライブハウスを回るという企画、「マジカデ・ミル・スター・ツアー2000」のドキュメンタリーです。
 ライブ映画ではないので曲が途中で切れてしまうことが多いのですが、その分清志郎本人を含むメンバーのインタビューや楽屋裏での様子が観られます。
 ロック界の大御所でありながら安っぽいミニバスに乗ってバンドのメンバーと日本中を巡業をする彼ら、本当に楽しそうですね。こういう男ばかりの旅って大人になってから中々しないですよね。羨ましい。
 インタビューの中で清志郎はとても考えさせることをいくつか語っています。

・やっぱりバンドでなくちゃ駄目だ。ソロじゃ自分の音楽が出来ない。だってミキシングだとか余計なものが気になってしょうがないもの。
・歌にこめた自分の気持ちが客に伝わるとは思わない。人それぞれ違った感じ方をするものだから。でも自分が充実していればそれは絶対にいい音楽なんだ。受けるかどうかは関係ない。
・ほとんどのミュージシャンは時代に乗っているだけで、自分が本当にやりたい音楽を持っていない。
・若い時に聴いていた音楽が一生を決める
・「怒り」の音楽を創る時、そんなことをしている自分を客観視し、それを笑い飛ばしている自分がいる。
 
DVDの特典映像で清志郎自信が覆面でメンバー各人のことをコケにする場面があるのですが、そこで清志郎自信を「あの人はレコードを売りたいとか目立ちたいとか思って色々派手なことを初めて、今ではもう歯止めが利かなくなってしまったんですねえ。可愛そうな人だと思いますよ、ホント」と言っているのは笑えました。

 久しぶりの清志郎ネタでしたが、彼は本当にもっと長生きして欲しかった人です。

マラドーナ


 ワールドカップ、アルゼンチン代表チームの監督としてスーツ姿でチームを指揮していたマラドーナを見て、おおカッコいいなと思い、その流れでこのDVDを観てみました。
 まあ、あれだけ話題性のある人ですから、スターだった頃、コカイン中毒や肥満で落ち目になった頃、そしてみごとそれらを克服した今、とピンポイントで彼の情報はチェックしていましたけれど、彼がどんな人なのかは全く知りませんでした。
 そんなわけで、最初はこの映画の中でピストルズのエリザベス女王を侮辱した名曲「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」が何度も流れる理由も分からなかったのですが、映画が進むうちによく分かりました。
 マラドーナは極めつけのアンチ英米なのですね。アルゼンチンといえばフォークランド紛争で英国に恨みがあるでしょうし、チェ・ゲバラやカストロを崇拝するマラドーナですので、まあ、納得できます。そんな反体制的な軸を保ちながら、デモにも実際に参加しているマラドーナは「暴力なきポジティブ・テロリスト」みたいな感じでカッコいいですね。サッカーだけでなくこの辺のカリスマ性が彼をアルゼンチンの「神」としたのでしょう。
 しかも、マラドーナ教というのがあって、実際にサッカー場でハンドでゴールをするという儀式があるのには笑いました。(実際に彼はワールドカップでハンドでゴールをし、それを「神の手」だ、と言って笑い飛ばしたという逸話があったのです。)反体制とはいっても、こんな茶目っけたっぷりのところがまたマラドーナらしくていいですね。
 マラドーナの神業的なゴールシーンが沢山出てくる映画かと思いましたが、もっとアーティスティックで、ピストルズの曲に合わせてエリザべス女王やチャールズ皇太子、ブッシュ大統領などが笑い物にされているアニメーションなんか、とてもオシャレだと思いました。
 「暴力なきポジティブ・テロリスト」としてのマラドーナの素顔に興味のある方にはかなり楽しめる映画だと思います。
 単純な私は久しぶりにラテンアメリカに行きたくなりました。

谷川俊太郎のインタビュー


 先日NHKで、今日本で一番成功している詩人、谷川俊太郎のインタビューを見ました。
 それ程好きな詩人という訳でもないのですが、78歳で未だに日本の詩壇を背負っている彼の発言はとても興味深いものでした。 
 知らなかったのですが、谷川さんは3回結婚し3回離婚しているのですね。司会者にそれは詩作にとって良かったのか、と問われ、「そんなこと言わせるんですか?」と苦笑いしながらも、そんな体験が自分そのものであって、それがなければ今の自分は違ったものだっただろう、と言っていました。何故結婚は上手くいかなかったかと聞かれると、「詩人は詩言語という美辞麗句と共に生きていて、どうしても生活の中でも日常の言葉とそれが一緒になってしまう。」ととても深いことを言っていました。
 もともと谷川さんは、何かどうしても自分で訴えたいものがあって詩人になった訳ではなく、詩が書けることが分かりそしてその依頼が出版社から来るから生活のために書き続けてきたとのことでした。「つまりずっと資本主義の中で詩を書いてきた」とまで言っていました。
 非常に正直な発言ですね。その他にも自分は本当に生涯恵まれていて、何も思い残すことはない、死もある意味楽しみだ、なんて言っていました。

 詩や音楽の意義については、「意味がないこと」だと言っています。「意味」というものは人間が最近作り出したもので、それまで何百億年も宇宙には「意味」なんてなかった。「意味」を考えると視野が狭くなり、競争になる。確かに詩言語の美しさは意味を介入させないものですよね。「意味」を重視するメタ・コーチングを学んだ者としては、とても考えさせられる意見です。

 彼は78歳のお爺さんなのに、身体がとても引き締まっています。何かスポーツをしているのか、と聞かれ「とんでもない、スポーツなんて身体に悪いでしょ。すこし呼吸法をしているだけです。」なんて言っていましたが、これは以前ミック・ジャガーが小林克也に毎日何キロ走っているのか、と聞かれた時の答えとほぼ同じです。どちらも本気で答えてなんていないのです。
 そういえば、谷川さんとミック・ジャガーの間には何か共通点がありますね。離婚歴も多いし、二人とも資本主義あっての大成功です。かたや悪魔と言われ、かたや心温まる言葉の魔術師と言われる。どちらも資本主義のなかでの仮面なのですね。しかし、それを商業的だと言って嘲笑することは出来ないでしょう。お客や読者あっての芸術活動、実際に歴史に残るのは自分の魂の震えに自己満足しているだけのアーティストではなく、ちゃんとマーケティングしているプロフェッショナルなのでしょうね。

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