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扱いづらいベテラン社員にならないために  今から身につける「シニアの品格」  


ある方が、「シニアの品格」の紹介文を書いて下さりました。
私が言いたかったことをとてもよくまとめてくださっています。
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扱いづらいベテラン社員にならないために
 今から身につける「シニアの品格」 
 

「頑固なベテラン社員が言う事を聞かなくて困っている」
「ゆとり世代の若手社員の行動がまったく理解できない」

いつの時代も「ベテラン」と「若手」の間には問題が生まれ、世代の違いによる思考の摩擦が起こって来ました。

あなたの職場ではどうでしょうか?
果たして両者は本当にわかり合えないのでしょうか?

近年、「年下の上司」や「年上の部下」という逆転現象があらゆる企業で増加してきています。
その一因は、バブル期に入社した世代が現在50代を迎えたことにあると言われています。
今後ますます「管理職より年上の社員」が職場の大半を占めるのは避けられないことなのです。

「若手」と呼ばれるあなたはもしかすると「ベテラン社員をギャフンと言わせる方法」を探しているかもしれません。

「ベテラン」と呼ばれるあなたはもしかすると「生意気な若手社員を黙らせる方法」を探しているかもしれません。

しかし、そのような対処療法で問題が根本的に解決できるでしょうか?
風通しの悪い職場環境は、企業としても不健全です。
あなたにとっては憎らしい存在だったとしても同じ職場で働く仲間。
小手先のテクニックで相手を打ち負かす方法を考えるより、二つの世代が相互に理解し合いそれぞれに能力を発揮できる環境作りに取り組んでみませんか?
これは近い将来、あなたにも起こりうる身近な問題となるでしょう。

 
話を聞いてもらうだけで人生は変わる

「傾聴」という言葉が世に浸透してどれくらい経つでしょうか。
「話を聞くことの重要性」はあらゆる書籍やセミナーの中でも語られていることなので、何も目新しいものではありません。

とは言え、「傾聴」という言葉を知っていても、実践できている人はごくわずかしかいません。

「人は自分の話ばかりしたがる」

この習性に目を向けると解決の糸口が見えてきます。

「シニアの品格」の著者であり、ユーダイモニアマネジメント代表取締役 小屋一雄氏はこれまでに40歳以上のマネージャーやエグゼクティブ向けにコーチングを行い、「50代の人が変化して輝く瞬間」を目の当たりにして来ました。

50代といえば仕事上ではベテラン。着実にキャリアを積んで成果を出してきた人間が、これまでの自分のパターンを捨て「変わる勇気」を選ぶ。

それは相当「怖い選択」で生半可な覚悟ではできません。

しかし「勇気」を選び自分の変化によって周りが変わることを実感できた人は、その後の人生の幸福度が格段に増すと小屋氏は言います。

「部下が話を聞いてくれない」という悩みを持つシニアに「家庭ではどうですか?」と聞くと、大抵の場合、家族ともコミュニケーションが疎かになっていることが多いそうです。
それは部下云々ではなく、当人のコミュニケーション能力がその程度のものだからです。
まずは「自分を知ること」が人生の分岐点に立つ最初の一歩となります。

 ・「ただ聞く」に徹する

「シニアの品格」は59歳プレシニアの東条と88歳「古井戸よろず相談」の奥野老人、二人の対話形式で物語は進みます。
この二人の対話がまさにコーチングの手法そのものなのです。

「ただ話を聞くだけで人は自分の中にある答えを見出し、問題を解決していく」

話を聞いてもらうこと、それが心の不純物を取り除く一番の解決方法なのです。

奥野老人は「自分は解答を持っていない」と断言します。
判断も助言もせず、ただ聞くこと。
結論や答えを出さないと決めて、ただ聞くこと。
まずは身近な人の話を傾聴する。

話を聞いてあげるだけで人は癒され、不思議と相手との関係性も良くなっていきます。

さらに話を聞くと同時に大切になってくるのは「相手の立場に立って考える視点」です。

「相手の立場になって物事を考えなさい」と誰もが幼い頃から親や教師に言い聞かされてきたことだろうと思います。

相手の立場を体感する方法として、ゲシュタルト療法の「エンプティ・チェア」というテクニックがあります。

座る場所を交代して相手になりきり「相手の内的観点に立つ」という手法です。

「この質問に対して相手はどう答えるだろう?」と推測しながら相手の観点に立ち、投げかけられた質問に答えていきます。
そして自分と相手の立ち位置が変わることで、今まで考えようとしなかった考え方に出会います。そこで凝り固まっていた頭が解放され、目の前にあった自由に気づくことができるのです。

「この相手ならこう答えるだろう」と推測できるということは、相手がこういう風に考えているというのをすでに知っているということです。知っていて無意識に目を逸らしているのです。
コミュニケーションの溝はここにあります。

 ・人は信じたいものしか信じない

時に自分の理解を超えた話が目の前に表れると、人は相手を間違ってると判断し思考停止してしまいます。

自分の信じている事、ある意味自分にとって公理みたいなものが否定されたり、理解してもらえないと腹を立てます。相手を否定することで自分を守ろうとします。自分の信念を疑う事が怖かったり面倒くさかったりするからです。

人は無意識に信じたいものだけを選んでいます。
自分の都合のいいように話を解釈します。
そして、どうしても受け入れられない価値観には拒否反応を示します。

それではそのような事態に出会った時、どうすれば良いでしょうか?

 ・ダイバーシティ(多様性)を活かす

価値観の違いや能力の優劣で人を判断するのではなく「人それぞれ強みを発揮できる場所が違う」という前提を持っておくことが多様性を活かすヒントとなります。

得意な事と苦手な事は人それぞれ異なりますが、それぞれが得意なことで貢献することで相互補完ができお互い助け合って世界が回っていくとしたら。

人種や世代や個性などの違い、つまりダイバーシティ(多様性)を活かして新しい何かが築ける可能性が高まります。

「ベテラン」と「若手」が相互に理解し合いそれぞれの強みを活かす環境が整えば、自然と企業価値も高まるのではないでしょうか。

 相手の強みを理解するには

相手の強みを見つける簡単な方法があります。

「今一番楽しみにしていることは?」という質問です。

楽しみにしていること、ワクワクすることにはその人ならではの強みが隠されています。
人はみな心のどこかで「自分の強みを活かして自分らしくいられること」を楽しみにしています。

強みは何も立派なものでなければいけないというものではありません。
もし仮に、楽しみにしていることが「明日の朝ご飯」という答えであったとしても、「日常の些細なことに幸せを感じ取れる力」という強みを発見することができます。

あなたの強みは何ですか?

 人生を24時間としたらあなたは今何時にいますか?

人生を一日の朝から晩までと考えると、あなたは今何時にいるでしょう?

例えば、日本人男性の平均寿命を80歳としてあなたが60歳だとしたら・・・

24÷80=0.3

0.3×60=18

18時、つまり夜の6時です。

もしあなたが40歳だとしたら、現在お昼の12時ということになります。

いかがでしょうか?このように考えると「人生は思っているよりまだまだ長い」と感じませんか?
「人生に遅すぎるなんてことはない」とはよく聞く言葉ですが、人生時計はあなたにどんな命の使い道を示唆してくれるでしょうか?

最も重要なのは、「これまで何であったか。これから何であり得るか」ということです。

定年後の生活を楽しみにしているアメリカ人に比べ、会社以外に行く所がないと嘆く日本人。
この違いは一体どこから生まれてくるのでしょう。

 「役割」を持った人間は強い

シニア世代のビジネスマンの男性であれば、会社では課長や部長という役職を持ち、家庭では父親や夫という立場に当てはまる人が多いことでしょう。

ビジネスの現場ではミッション(使命)という言葉がよく使われますが、使命と役割の違いは何だと思いますか?

奥野老人は「使命は上とか未来から与えられて固まっているもの、役割は自分の中から湧き出て変わるもの」と説いています。
退職すれば自ずと「使命」は剥奪されます。使命を失った時、自分の役割を見出し自分の人生に対する態度を決められないと人は生きる気力を失ってしまいます。

また奥野老人はこのようにも語っています。

「人生というのはたくさんの川を渡るようなもんだと思うんです」

「人にはそれぞれの川を渡る時に何らかの役割が課されているんだと思うんです。毎回違った役割を果たし、そして最後は三途の川を渡るんです」

「三途の川を前にして、どんな役割を受け入れ、どんな態度を示すか」

あなたはどんな役割を持ち、人生に対してどんな態度を示しますか?

 シニアの品格とは結局の所、何なのか?

本の中に答えはありません。
答えはないけれど、一人ひとりが一常識人として「次世代のことを考える品格」を備えていれば、世の中はもっとスマートな大人で溢れ明るい未来が創造できるのではないでしょうか。

日本語では「シニア=年長者」という意味合いが強いですが、英語では年長という意味のほか「上級」という意味でシニアという言葉が使われることも多いです。
シニア・リーダー、シニア・マネージャーなど「上級」と意味で使われ、必ずしも高齢ということではありません。

「シニア=人生の上級者」に実は年齢はそれほど関係ありません。
20代だろうと30代だろうと自分らしい真の人生の歩み方に気づき転機を迎えた人は誰でも「人生の上級者」なのだから。

メディアコスモス


建築を勉強している息子に紹介されて訪れた、岐阜市のメディアコスモスという建物にある公立図書館。

なんとまあ、アバンギャルドな空間。図書館なんて静かでゆったりしたスペースがあればどこでもいいかと思っていたが、ここならいつまででも本を読んでいられそう。こんな図書館があるなら岐阜市に移住してもいいとすら思ってしまう。

そこまで思わせるほど建築物にパワーがあるとは。マネジメントとかリーダーシップとか、そんなものよりも建築を変えたほうが組織はよくなるのかもしれない。

90年の時を越えた感情


先日、愛知県のいとこから祖父の形見が送られてきました。大きくて重い革のスーツケース。宮沢賢治の写真とか、ハリーポッターの映画に出てきそうな代物です。祖父は私の父が10歳の時に亡くなっているので、私はおろか、父もロクに覚えていませんでした。形見といってもあまり実感はありませんでした。

この祖父は、日産自動車や日立金属のルーツである戸畑鋳物社の安治川鉄工所の所長として、東洋一の貨車の設計をしたり三重県の軽便鉄道敷設に貢献したりしていました(三重県に石碑があります)。1935年に亡くなるまで、このスーツケースを持って欧米の工業地域を視察のために飛び回っていたのです。

私が学生時代にイギリスのバーミンガムに研修に行った際、祖母から「おじいいちゃんがそこに行ったときに買ってきた絵ハガキだよ」と言ってレトロなカードが送られてきました。後にアメリカのデトロイトに駐在した時も、同じ言葉と共に古き栄光の時代のデトロイトのカードが送られてきました。「このじいちゃん、本当に戦前から世界中を飛び回っていたんだなあ」と驚いたものです。

取りあえず居間の片隅にこのスーツケースを置いてみると、なんとも言えない存在感。試しに持ち上げてみたり、これを持って船に乗る自分を想像したりしていると、なんだか変な気がしてきました。実に90年の時を越えて、話にしか聞いていなかった「偉大なじいちゃん」の感情が迫ってくるのです。未知の海外に出ていく不安、憧れ、工場の未来に向けた高揚感、そして45歳の若さでこの世を去る無念さ。

もう一度、床に置いて眺めると、今度は自分の感情がこみ上げてきます。恥ずかしい。大きな魂を前にして、小さな自分が恥ずかしい。


創造性は上質なライブから


先月名古屋に出張に行った際に、何となくZepp名古屋に行き、斉藤和義と中村達也のユニット「Manish Boys」のライブを見てきました。私にとっては久しぶりのライブで、「歌うたい」だと思っていた斉藤和義のギターの巧さに感動して帰ってきました。すると、泊まっていたホテルで行き詰まっていた色々なことのアイデアが溢れてくるではありませんか。そして、「シニアの品格」の続編のアイデアもようやく動き出しました。何なんですか、これは?
「そうか、もっと現役アーティストに接しなければいけないんだ」と、早速いくつかのライブのチケットをゲットしました。スケジュールを調整しつつ、これから2カ月で、サカナクション、RAD WIMPS,、Steven Tyler、ワンオク、と日本の若手バンドのライブを中心に参戦してきます。
若い頃は洋楽ばかり聞いていた(RCサクセションは別格)私ですが、最近の日本のバンドは凄いと思います。しっかりハマってきます。ところで、Manish Boysの観客層は中年が中心で良かったけど、ワンオクとか、このオッサンがどんな格好していけばいいんだろう?

ミック・ジャガーと「シニアの品格」


 12月8日にミック・ジャガーが8人目の子供の父親になったそうです。あめでとう、ミック!
 とはいっても、73歳のミックには8人の子供だけでなく、すでに2人の孫と1人のひ孫もいるのです。もう、「凄いっすね」としか言えません。あのピカソ(最後の子供ができたのは68歳)を抜き、チャップリンと並んだという訳です。世界記録ではインドの男性が96歳で子供を作ったそうです。まあ、もうここまでくるとどうでもよくなってきますね。
 さて、そのミック・ジャガーですが、昔から気になる人なんですね。「ミック・ジャガーに学ぶ、80歳まで稼ぎ続けるリーダーシップ」なんて文章も書いています。そう、興味があるのは、プレイボーイとしてではなく、ビジネスマンとして、そして「人生の演技者」としてなのです。
 ミックのことを考えていると、小林秀雄がゴッホについていろいろ書いていた文章を思い出します。小林秀雄によると、自分の耳を切り最後はピストル自殺をしたゴッホについて、彼は自分の狂気を客観的に見ることができ、それがゆえにとても苦しんでいたんだと書いています。ゴッホの書簡を読んでそう確信したらしいです。そして、ゴッホは「自分に振られた狂人の役を素直に受け入れよう」と覚悟を決め、心が狂わなければ不可能ともいえる、緊張感の高い黄色の世界を確立し、また赤と緑によって人間の恐ろしい情熱を表現しようとした、というのです。最期のピストル自殺の際も、完全に狂っていたのではなく、狂人を演じながら「さあ、もう幕だ」と人生を閉じた、のだと。
 「シニアの品格」の中で、人生の中で自分の「役割」を演じる、ということについての対話を書きましたが、ゴッホは、「狂人の役を振られた天才画家の役」を演じきったのでしょう。そして、ミック・ジャガーも若いころに確立した「背徳のロック・スター」という役割を覚悟を持って演じきっているのではないかと思うのです。単なる依存症という意見もありますが、最近まで毎日7キロのランニングを欠かさず行い、食事にも気をつかい未だに20代の青年のような体型でステージを駆け回るストイックなミックを見ると、私はこれこそミックらしい「シニアの品格」ではないかと思わずにいられないのです。「シニアの品格」の登場人物の奥野老人のような、自分らしい自然体の生き方を貫く品格ではなく、自分が覚悟をもって被った仮面を最後までかぶり続ける、というまた違った品格なのだろうと思うのです。

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